高津真紀独占インタビュー
──大きな夫婦喧嘩ってあります?
我が家は主人が平和主義なんです。
私が一方的に怒って、向こうは聞いてるだけっていうことが多くて、言い合うことがほとんど無いんです。
──それは聞いてないフリをして、大きくしないようにしているのでは?
そうだと思いますよ。
俺のおかげで家は平和だって自分で言うくらいですから(笑)
でも、子供が出来てからのほうが、そういう意見の違いとか、気になることが私のほうに増えましたね。
自分達のことだと自然に消化できたりするんだけど、子供のことや教育のことは流されると困るっていうことも。
息子二人なので、男性の意見として主人側に沿いたい気持ちもあるんだけど、私にもこういうふうに育てたいっていうのがあったりすると、どうしても意見が合わないこともあります。
──最終的には合うんでしょう?
向こうが合わせてくれるんです。
『どうせ譲んないんでしょ?』で終わるんです。実は譲るんですけどね(笑)
──ご出産のときのことを・・・
一人目は予定日より二週間早くて・・・
たまたま主人がヤクルトの納会に行く日の朝にお腹が痛くなっちゃって・・・
ちょっと怖いから病院へ行こうとなって、病院に行ったらそのまま産んじゃったんです。
でも、主人は、産まれたのを見届けたら、実家に電話をして、熱海に行きましたから(笑)
私は一人病院に置き去り(笑)
二人目は1月1日生まれなんですけど・・・
上の子を連れて一緒に立ち会うはずだったのに、お腹が空いたからお弁当を買ってくるねと部屋をあけた間に産まれちゃった(笑)
長男を2時間ほどで産んでるので、主人に『すぐに産まれるかも』って言ったのですが、
下にあるコンビニに行くだけだからって言って。そうしたら、そのコンビニがお弁当の品切れでちょっと先まで行っちゃったんですよね(笑)
そうしたら、残念な結果に。
──初めてお子さんを見たときはどうだったですか?
クシャクシャだなって(笑)
ちっちゃくて可愛いなとは思いましたけどね。
──初めて喋った言葉とか、覚えていますか?
『初めてブック』っていうのを作っていて・・・
初めてのいろんなことを書くアルバムがあって、“初めて泣いた日”とか“初めての病気”とか、笑った日、立った日・・・全部書き留められるんです。
たぶん、初めて喋ったのは『パパ』だったかな。
──パパですか。
お母さんが良く使う言葉を最初に覚えるって聞いていたから、もしかしたら私がパパ、パパって言ってたのかな(笑)
──育児は楽しいですか?
小さいときは大変でした。
上の子はとても手が掛かって、2時間くらいおきに一日中、泣いて、寝て、泣いて、寝てを繰り返すから、自分が寝られなくて。
主人は、窓の光りとか、外でパタパタ歩く音が聞こえると起きちゃうので、子供が泣いたら、それこそ子供と家の外に出てました。
──そんなに繊細なんですか?
だって、守護神ですよ。
野球では心臓には毛が生えてるようなのですけど、違うところは繊細みたいです。
──僕、高津選手と同じ歳なんです。
じゃあ、私とも同じ歳ですね。
──どれだけスゴいか知らないでしょ?
一応、記念ボールとかちゃんと飾ってるんですけど、私がありがたみがわからないから記念ボールも子供の練習ボールも一緒くたになってます。
──いや、そこはちゃんとしましょうよ(笑)
日本記録のボールと子供のホームランボールが一緒に並んでます(笑)
母としてはホームランボールのほうが大事だったり・・・?
──お子さんも野球されてるんですか。
二人共ですね。
──やっぱり、DNAを受け継いでますか?
どうでしょう?
でも“野球好き”は受け継いでますね。
主人は野球選手でもあるのですけど、野球オタクでもあるんです。
年中するのも観るのも話すのも、全部野球。野球が大好きなんですよ(笑)
そういうのは受け継いだのか、二人とも野球が大好きで。
三人それぞれ選手名鑑を持っていて、『何ページ見て』とか・・・
一冊で良くないの?って思うのだけど。
──気持ち、解らなくないです。
あはは(笑)
ほんとですか?
──もう、そういう会話が出来る感じなんですね。
四月から中一と高一です。
──あ、そっか。
じゃあ、一人前の会話が出来るんですね。
長男は、高校に入るとパパから教えてもらえなくなるので、主人から握り方とか教えてもらってますね。
──なるほど~。
いいな、羨ましいな。
そうなんですか?(笑)