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カクトーク 第5弾 K-1ジャパンを支えた男 中迫 剛

カクトーク第5段 正道会館の先輩でもありますK-1ヘビー級を代表する日本人選手の一人、中迫 剛選手。 武蔵選手と同じ98年にK-1デビューし日本のヘビー級を引っ張った立役者の一人。僕がk-1に移って大阪で練習するようになってからはみんなで天満の商店街でご飯を食べたり、銭湯にいったり沢山の思い出があります。

現在中迫さんは イタリアンレストランのオーナーでもあり、第二の人生を歩んでいますが、今回は思い出の地の一つ、天満駅から徒歩30秒 昭和な雰囲気満点の  喫茶店 「オリオン」にて選手時代とこれからの格闘技界の話について語りました。

中迫(迫)  安廣(安)

以下敬称略



(安) それでは、迫さん今日はお忙しい中お時間ありがとうございました!

(迫) いえいえとんでもない、俺も会えて嬉しいよ。

(安) 最後に試合したのが2007年でしたよね?

(迫) そうだね、2007年にテェシェイラとやったのが最後かな、だからもう5年ぐらいになるのかな、試合から離れて。

(安) 引退試合とかしてないですよね?

(迫) まったくしてないですね、あんまり興味もないし、そこまでの人間でもないし。
ええかな~って。 

(笑い)

いつの間にかフェードアウトしてるみたいなね

(笑い)

(安) いやいやそんな事はないですよ、あんなけK-1ジャパンを、盛り上げて。
やりきった感はありますか?


(迫) まあまあそうですね、やりきったかな、結構。 うん。

(安) 98年でしたよね、デビューしたのが


(迫) そう98年にデビューしてちょうどK-1で10年ぐらいやったかな

(安) 98年といえば、私ごとですが僕が大阪の新人戦の無差別で優勝したのが98年でした。


(迫) 覚えてるよ、あの試合は 
ほんま衝撃的だった。 今も好きなんだけど、新人戦見るの 若くて活きのいいのが見れるから、でも あの衝撃を超える新人戦は未だ見てないも!

(大爆笑)

(安) ホントですか!

(迫) ほんまにほんまに。

(安) それは嬉しいですね、
確かにあの日は 絶好調でしたね。


・・・しばし間が映像を思い出しながら

(迫) 切れてたね・・・・・・切れてた

(大爆笑)

凄かった。

(笑い)

(安) 胴回しで 倒して、

(迫) そう そう あの瞬間は俺スローで覚えてるも

(大爆笑)

(安)スローで

(迫) うわっーって思ったも ちょうど K君の背中でごしで、安が回転したのが見えて K君が倒れてきたから 凄い子おるな東京にって思って。

(安) 懐かしいですね、98年ですもね

(迫) もうそんな前なんだもね

(安) 茶帯取ってすぐの試合だったので、大学一年生の冬。

(迫)それは凄い 無差別だからね。  いや~あれは凄かった。

(安)懐かしいですね、僕はあの試合がきっかけで次の年から極真の全日本出るようになりましたね。  すみません僕の話しになってしまって。 
カクトーク 第5弾 K-1ジャパンを支えた男 中迫 剛
  【K-1ブーム】

その頃からK-1のジャパンが始まったんですよね。

(迫) そう 最初は俺も内弟子から始めて、一から始めて。

(安) 迫さん内弟子だったんですか?

(迫) そう内弟子から始めたんだよ

(安) そうだったんだ、内弟子からだったとは始めて聞きました。
凄いですね、内弟子から始めて、一番出世したんじゃないんですか?


(迫) そんな事無いですよ、過去にもいっぱいいますよ先輩でも

(安) なんで内弟子になろうと思ったんですか?
  
(迫) 他にやる事もなかったし、当時K-1が始まったのと、俺が入門したのが同時期だったので、94年かなで K-1が始まってすぐぐらいで、正道も大きい日本人探してて、俺もいけんちゃうか?って思ったのがきっかけだったのかな。

(安) でもいけるんじゃん! って思える自信は大事ですよね、根拠のない自信。  

(迫) 大事大事。 

(安) 僕もやっぱり高校3年(地元旭川)の時に テレビでK-1見て、俺も正道入ってどこまでいけるか?って 思いましたもね。 最初は空手の試合もしてたんですか?

(迫) 新人戦に一回出て、優勝したのかな、空手は数えるくらいしか試合してなかったったんだけど、顔面の練習するようになってから武蔵とか弟の友行と仲良くなって、同じ年にデビューしたんだけど、最初武蔵がパトリック・スミスとのデビュー戦が決まって、今でも覚えてるけど、自分の試合より緊張したのもね。 逆に自分のデビュー戦はピア・ゲネットっていうテコンドーのチャンピオンだったんだけど、緊張して覚えていないも全然。 
 だから仲間の試合の方が緊張するもね。

(安) ピア・ゲネット選手だったんですね、覚えてますよ、懐かしいですね。

(迫) そう、いくらなんでも図太の素人がテコンドーチャンピオンとやらされるなんて、
そんな無茶なって思ったけどね。

(笑い)

まじかい、相変わらず容赦ないなーって思ったけどね。

(安) ピア・ゲネッ選手がアンディさんと闘った後ですよね、確か。

(迫) そう、それにしてもね、背も高いし、黒人やし、身体能力高いし、どうしようっかなーて思ったの覚えてるもね。 しかもいきなり福岡ドームでしょう、今はねキックの試合がいっぱいあるから小さいところで経験積めるけど、いきなりやからね。
だから、武蔵とか俺とかはいきなりK-1だったから、そりゃ無理でっせっていうね。
 あの頃は凄かったね。

(安) K-1ワールドシリーズがあって、ジャパンシリーズが始まってK-1のブーム絶頂の時ですよね。
カクトーク 第5弾 K-1ジャパンを支えた男 中迫 剛
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