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HΛLプロデュース DΛiSY 大西祐衣×高野沙季 独占インタビュー

数々のメジャー楽曲を手がけてきたHΛLこと梅崎俊春氏プロデュースのユニット
「DΛiSY」が4月24日“In My Dream”でデビュー!!
今回は「DΛiSY」のお二人
SΛKIさん(高野沙季:立ち位置左:白担当)
YUIさん (大西祐衣:立ち位置右:黒担当)に、
デビュー前の心境をうかがいました。

まず、お一人ずつのプロフィールを聞かせてもらえますか?
お二人が出会う前のプロフィールを。
では、沙季さんから。
─SΛKI─
昔、父の仕事でベルギーに住んでいたことがあって、言葉が通じなくて相手の言いたい事がわからない、自分の気持ちが伝わらないという経験をしてから、表現するとこがすごく好きになって、将来は表現する仕事ができたらいいなと思うようになったのが原点で・・・


お幾つのときにベルギーへ?
─SΛKI─
4歳~5歳のときです。
それから日本へ帰ってきたんですけど、生まれて初めての集団生活が外国人ばかりのところだったんで・・・
カルチャーショックじゃないですけど、そういうのを受けて・・・
喋るのが苦手だったから絵を描いたり踊ったり違う表現が好きになって。


でも、言葉なんてすんなり覚えたのでは?
─SΛKI─
「いや~、言葉はちらほらで、日本人の子がいて一緒にいて日本語を喋ってたので、言葉がなかなか覚えられず・・・現地の子とのコミュニケーションは難しかったのを覚えてます。 それで言葉以外でのコミュニケーションが多くなって、日本へ帰ってきてからも表現するのが好きで、高校生の時に何か一つ極めようと思って体育科に入って、ダンス専攻で疲労骨折するまでダンスをして・・・
ダンスはそれが原点になるんですけど、そこから大学に入って、何か他にもあるんじゃないかなと思って、手当たり次第興味のあることをいっぱいやってきたんですね。
ダンスからDJに派生したり、趣味のアウトドアをきっかけにタレント活動をしてみたり。
それが2009年からで、大学生の頃からです。
自分でやれる範囲でダンス、DJ、モデル、それと絵を描いたり、表現に関わることは全部やって、ミスコンに出たのをきっかけに、タレント活動もしてみて・・・
でも、なかなか自分にシックリくるものが見つからなくて・・・
表現したいことはあるけど、じゃあ何で表現するのか分からなくて悩んできたんですけど、ある日、何が合うのかなって、表現するのを伝えやすいのは何かなって考えたときに、『歌かな・・・でも、歌は一番苦手だから・・・』って逃げてきたんですけど、ちょうど去年の今頃、HΛLさんに縁があって出会うことになって。
そのときは、もう、探すのも疲れちゃって、自分に何が合うのか分からないし、周りはどんどん就職していくし、やめようかなって思ったときにHΛLさんに出会って、今の思いを全部聞いてくれたんですね、とにかく今の私を変えたいって。
そうしたら、歌、やってみれば?って言われて、苦手だったから去年スゴい大変だったんですけど、半年間レッスンをみっちり受けて、去年末に祐衣さんに出会って今に至るんです。


では祐衣さんは?
─YUI─
私も沙季ちゃんと共通点は海外経験があるのが一緒で、小2から小5までタイのバンコクで暮らしてたんです。
その前、幼稚園の頃から物心ついたときにはずっと家で踊ったりマネっこして踊ったりしていたんですけど、歌うことは何故かずっと歌っていくんだろうなと子供ながらに感じてはいたんです。
6歳くらいのとき、SPEEDさんが流行り始めたときで・・・
HΛLプロデュース DΛiSY 大西祐衣×高野沙季 独占インタビュー
それは仕事として小1で認識したってことですか?
─YUI─
そうですね。
なんか、テレビに出る人・・・私はここで歌うって漠然と思ってたんです。
でも、活動として明確に何かをしている訳ではなかったんですけど。
きっかけは、母が勝手に劇団のオーディションに応募したんです。


娘の思いを母が・・・
─YUI─
勝手に(笑)
送ったものが合格して、面接のオーディションがあるからって。


いつ頃?
─YUI─
それは小6の12歳です。
タイから帰ってきてすぐ。
しかも、人が勝手に送って自分の意志じゃないところでされたっていうのがイヤでオーディションに行かないって断ったんです。
でも、中学を卒業する頃、高校に入るときに、ちょっと自分の将来のこととか考え始めるじゃないですか。
高校は普通科に行ったんですけど、前に母が送ったことを思い出して、自分がチャレンジしたらどうなんだろうって。
最初のオーディションの書類を送ったときから3年経ってるし、顔つきも変わってるし、ここでチャレンジしたいと思って。
それで、タレント養成所に自分で書類を送ってオーディションを受けて合格して高校生から養成所で演技の勉強だったり歌やダンスのレッスンをして、エキストラでいろいろなものに出させてもらう活動をして・・・
でも、その活動をしていくうちに、やっぱりいろいろ考えるんですよ。
このままでいいのか・・・
養成所だからお金も掛かっていたし・・・
ちゃんと安定した仕事をしなくちゃいけないなと思い始めたんです。
じゃあ、自分は歌以外で何が好きかって考えたら、次に好きなのが洋服で、その頃は109のカリスマ店員が流行ってて、(これだ!)って思って、デザイナーとか服に関する専門学校に行こうとしたんですけど・・・
父親が面白い父親で、『オマエ、大学に行って遊ばなくていいの?』って。

─SΛKI─あはは(笑)
─YUI─
えーっ、大学って遊べるのかーって思って(笑)
じゃあ、取りあえず大学に編入出来る短大に行って、2年間通ってみて考えるわぁって(笑)
上手く行ったら大学に編入して、もういいやって思えば短大で卒業して就職するか、やっぱり服のことで専門学校に行きたいと思えばそれから通えばいいやって。

─SΛKI─チャンスをもらったんだね。
─YUI─
そう。
で、短大に行ったんです。
服飾とは関係ない普通の経営学部に入学して、とりあえず遊んでたんですよ(笑)
でも、服飾関係の仕事をしたいと公言しつつも、自分の中でやっぱり歌いたいっていうのは捨てられないんですよ。
テレビで自分の好きなアーティストさんを観て、こうなりたいっていうのを常に思ってるからどうしても隠せないんですよね。
でも、それを人には言えなくて、ちょっと我慢して影で活動していて両親にも何も言わなくて、それで、友達にある人を紹介してもらって出会って、その人にお世話になったときに3人グループのユニットを組んでいたんですね、それが“coffrede”って言うんですけど、そこでメインボーカルをやらせてもらって歌詞を書いたりダンスもしながら活動してたんですけど、事務所さんの諸事情で私たちが活動出来なくなって、その時に雑誌のモデルとかやらせてもらってたんですけど・・・
結局、何も活動出来ないから何も無くなってしまって、そのときに残ったのが服しかないってなって、どうしようって焦ったときに、とりあえず手に職を付けて仕事をするために動かなきゃって。
短大のときは何もしていないから、ちゃんとした企業に就職出来るか不安だったので・・・
結局は専門学校に行くことになったんですよ。
HΛLプロデュース DΛiSY 大西祐衣×高野沙季 独占インタビュー
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